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ねぶたミュージアム

★ねぶたミュージアム
ねぶた祭の過去から現在に至る歴史を、人々や街の姿を通じて紹介しています。 ねぶた祭を支えてきた人々の姿と、そこに溢れる情熱や思いを迫力ある映像やパネルなどで紹介しています。
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★ねぶたの変遷。 初代 北川金三郎さん。
北川金三郎は明治13年12月26日に鍛冶町の桶屋の三男として生まれた。 左官屋を営み成功した人でもあった。 同じ町内の坂田金作についてねぶた作りを学び、若いころから自分で制作したといわれる。 金三郎は坂田流のねぶたを厳密に踏襲したというが、それに満足せず、既成のものを大きくアレンジすることのできた希有な制作者であ

った。 そして、理想的なねぶた人形の完成を目指した。 桃太郎であってもどういう格好で鬼を押さえ付けるのが観客に映えるのかを 常にさぐった。金三郎のねぶたは立ち姿が真っすぐではなく、ひねっていた。戦後、ねぶたはすぐに復活するが、その中心は60歳を過ぎた金三郎であった。 「北川のジサマ」と呼ばれるようになる。 「北川のオンチャマ」こと息子啓三もねぶたを手掛けるようになる。 金三郎はねぶたに新しい素材や、技術を意欲的に取り入れ

た。骨を従来の竹から針金に変えたり、蛍光灯を照明に使用したりした。 そして、最高傑作といわれる「勧進帳」(昭和32年・東北電力)が生まれた。 金三郎はまた息子北川啓三、佐藤伝蔵ら多くの弟子を育て上げた。 まさしく青森ねぶたの中興の祖ともいうべき存在であった。それで、昭和33年に初めて「ねぶた名人」の称号が与えられ、昭和35年に他界。 東北電力「勧進帳」(青森ねぶた誌から)

★ねぶたホール
祭りに出陣した大型ねぶたから選りすぐりの5台を展示しており、毎年入れ替えします。 「タッチねぶた」は、触ることもでき、ねぶたの仕組みがよく分かります。
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2012年の優秀作品。 ねぶたホールに展示。 その1。

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2012年の優秀作品。 ねぶたホールに展示。 その2。

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2012年の優秀作品。 ねぶたホールに展示。 その3。 

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ねぶたの面、未完成品。 

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ねぶたの足、未完成品。

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by nobuyasu27 | 2013-06-10 10:00 | 青森編
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