北海道のさらに北に細長く浮かぶ島・サハリン。 その南部にある、サハリン島最大の不凍港がコルサコフです。 もともとはアイヌが暮らすクシュンコタンという部落でしたが、1679 年に松前藩の出先機関が置かれてから日本人による漁場開拓が進んでいきました。 18 世紀になってロシア人がやってくるようになり、やがてクシュンコタンには監獄が設けられ、軍人や流刑民が送り込まれます。 そして当時の東シベリ
ア総督の名にちなんでコルサコフと呼ばれるようになります。 1890 年には流刑地だったサハリン島のルポルタージュ取材にやってきた作家チェーホフがコルサコフに滞在しています。 日露戦争(1904〜05 年)後、サハリン島南部は南樺太という日本領となり、コルサコフも大泊と改称され、しばらく樺太庁が置かれていました。 そして稚内との間に連絡航路ができ、1923 年には作家の宮沢賢治が大泊に上陸。 鉄道で南樺太を旅し、その時に『銀河鉄道の旅』の着想を得ました。 第二次世界大戦後、旧ソ連軍は南樺太を占領し、大泊は再びコルサコフへと改称。 その後長らく軍港として外国人の訪問が禁止されました。 しかし、ソ連崩壊後はサハリンの海の玄関口として再び開放され、現在は稚内との間に季節限定ながらも航路が復活しました。現在、サハリンの州都はコルサコフから40 キロ離れたユジノサハリンスクに置かれ、 樺太庁だったサハリン州立郷土博物館、レーニン広場などの観光名所やショッピング・スポットがあります。 一方、コルサコフにも旧北海道拓殖銀行大泊支店跡や亜庭神社跡など南樺太時代の遺構が残されており、宮沢賢治が訪れた当時の名残を求めて散策するのも楽しい時間の過ごし方です。 http://nobuyasu.blog72.fc2.com/
by nobuyasu27
| 2015-11-30 15:56
| コルサコフ編
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