カテゴリ:青森編( 7 )

青森港付近

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海に突き出たウッドデッキで整備されたベイエリア。 右側にねぶたの家・ワラッセ。 左側に八甲田丸が停泊している。

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メモリアルシップ八甲田丸。

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ねぶたの家 ワ・ラッセ。

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「青函連絡船戦災の碑」第二次世界大戦中に米軍の空襲により沈没し、今も沈んでいる3隻の連絡船。 その犠牲者を偲んで建てられた悲劇を後世に伝える碑です。 

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八甲田丸。 歌にある「上野発の夜行列車降りた」 「私は一人連絡船に乗り」は、まさにココです!

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青い海公園。

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赤い絲のモニュメント 太宰 治の「思い出」の中で、”連絡船を眺めながら運命の女性と結ばれる「赤い絲」について語りあった”挿話を基に、青森と海の向うの函館の絆を表したモニュメントです。 

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上記のアップ。

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by nobuyasu27 | 2013-06-22 10:00 | 青森編

ねぶたの海

ねぶた囃子が流れる中、その年に受賞したねぶた5台や、制作者の個性溢れるが展示された「ねぶたの海」は迫力満点です。 短い夏にかける青森市民の情熱を感じてください。 と、パンフレットに書かれている。

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by nobuyasu27 | 2013-06-19 10:00 | 青森編

ねぶたの面2

続き 大型ねぶた製作者達

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制作者 竹浪 比呂央  (たけなみ ひろお) 

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制作者 外崎 白鴻 (とざき はくこう)

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制作者 有賀 義弘 (ありが よしひろ)

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制作者 大白 我鴻 (おおしろ がこう)

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制作者 諏訪 慎 (すわ まこと)

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制作者 柳谷 優浩 (やなぎや まさひろ)

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by nobuyasu27 | 2013-06-16 15:20 | 青森編

ねぶたの面 1

★ねぶた面
「ねぶたの家ワ・ラッセ」に展示している面をじっくり見てみると、制作者によって骨組みの仕方や目のぼかしの入れ方、顔の輪郭などに違いがあることがわかります。 伝統と技を受継ぎながら、常に新しいねぶたづくりを模索しているねぶた制作者たちが、今度はどんなねぶたを披瀝してくれるのかを考えながら青森ねぶた祭を見ることも、ねぶたの楽しみ方のひとつです。

★大型ねぶた製作者達
ねぶたの家ワ・ラッセが開館した平成22年度における青森ねぶた祭で大型ねぶたを制作した12名の制作者の「ねぶた面」を展示するとともに各制作者の横顔も紹介しています。 長い歴史を持つねぶたは、戦前戦後を通じて時代とともにその作り方や作風も変化したため、様々な流派などがうまれました。 ここに展示している面をじっくり見てみ

ると、制作者によって骨組みの仕方や目のぼかしの入れ方、顔の輪郭などに違いがあることがわかります。 伝統と技を受継ぎながら、常に新しいねぶたづくりを模索しているねぶた制作者たちが、今度はどんなねぶたを披瀝してくれるのかを考えながら青森ねぶた祭を見ることも、ねぶたの楽しみ方のひとつです。

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制作者 内山 龍星 (うちむら りゅうせい)

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制作者 穐元 和生 (あきもと わせい)

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制作者 北村 隆 (きたむら たかし)

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制作者 千葉 作龍 (ちば さくりゅう)

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制作者 京野 和鴻 (きょうの わこう)

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制作者 北村 連明 (きたむら れんめい)

以下は次回に続く。

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by nobuyasu27 | 2013-06-13 10:00 | 青森編

ねぶたミュージアム

★ねぶたミュージアム
ねぶた祭の過去から現在に至る歴史を、人々や街の姿を通じて紹介しています。 ねぶた祭を支えてきた人々の姿と、そこに溢れる情熱や思いを迫力ある映像やパネルなどで紹介しています。
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★ねぶたの変遷。 初代 北川金三郎さん。
北川金三郎は明治13年12月26日に鍛冶町の桶屋の三男として生まれた。 左官屋を営み成功した人でもあった。 同じ町内の坂田金作についてねぶた作りを学び、若いころから自分で制作したといわれる。 金三郎は坂田流のねぶたを厳密に踏襲したというが、それに満足せず、既成のものを大きくアレンジすることのできた希有な制作者であ

った。 そして、理想的なねぶた人形の完成を目指した。 桃太郎であってもどういう格好で鬼を押さえ付けるのが観客に映えるのかを 常にさぐった。金三郎のねぶたは立ち姿が真っすぐではなく、ひねっていた。戦後、ねぶたはすぐに復活するが、その中心は60歳を過ぎた金三郎であった。 「北川のジサマ」と呼ばれるようになる。 「北川のオンチャマ」こと息子啓三もねぶたを手掛けるようになる。 金三郎はねぶたに新しい素材や、技術を意欲的に取り入れ

た。骨を従来の竹から針金に変えたり、蛍光灯を照明に使用したりした。 そして、最高傑作といわれる「勧進帳」(昭和32年・東北電力)が生まれた。 金三郎はまた息子北川啓三、佐藤伝蔵ら多くの弟子を育て上げた。 まさしく青森ねぶたの中興の祖ともいうべき存在であった。それで、昭和33年に初めて「ねぶた名人」の称号が与えられ、昭和35年に他界。 東北電力「勧進帳」(青森ねぶた誌から)

★ねぶたホール
祭りに出陣した大型ねぶたから選りすぐりの5台を展示しており、毎年入れ替えします。 「タッチねぶた」は、触ることもでき、ねぶたの仕組みがよく分かります。
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2012年の優秀作品。 ねぶたホールに展示。 その1。

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2012年の優秀作品。 ねぶたホールに展示。 その2。

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2012年の優秀作品。 ねぶたホールに展示。 その3。 

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ねぶたの面、未完成品。 

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ねぶたの足、未完成品。

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by nobuyasu27 | 2013-06-10 10:00 | 青森編

ねぶたの家・「ワ・ラッセ」

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 ワ・ラッセの入り口に ”動のねぶた” が3体、感動でした。 入場料はSan・Princessの乗船客は1割引の案内でした。 いや、日本人なのにいいのかなと思った次第。

★ねぶたの家ワ・ラッセ愛称について
この施設が、末永く、多くの方々に愛され、親しまれるよう、愛称を広く公募した結果、選考された最優秀作品の「ワ・ラッセ」と優秀作品の「ねぶたの家」を複合させて愛称にしました。 青森市民とともに歴史を刻んできたねぶたが住

む「家」ができたことで、ねぶたが一年をとおして青森市民と共に暮らすことができるという思いと、ねぶたの掛け声である「ラッセラー」に「笑い」と、ねぶたを通じてできる人と人の『輪』や調和の『和』、そして、ねぶたに関する活動によって育まれる青森市民の『環』を加えて表現しています。

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「ねぶたミュージアム」 ねぶた祭りの過去から現在に至る歴史を、人々や街の姿を通じて紹介しています。 ねぶた祭りを支えてきた人々の姿と、そこに溢れる情熱や思いを迫力のある映像やパネルなどで紹介しています。

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チケット売り場の前にある武者人形。 迫力満点。

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by nobuyasu27 | 2013-06-07 10:00 | 青森編

青森到着

2013年5月8日水曜日

7:00am サン・プリンセス(新中央埠頭)青森到着。 
新中央埠頭から、シャトルバスが中心市街地に向けて30分おきに発車します。 バスの停車所やその近辺は、様々なイベントを用意しています。 青森市では「ようこそ 青森港へ!」 「Welcome to Aomori !」 と埠頭でのイベントが満載です。 通常、寄港地のシャトルバスは5$前後の有料です。 今回、無料シャトルバスは地元の負担で運行されているのではないかと青森市に感謝です。

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青森観光物産館 「アスパム」 三角の建物。 ベイエリアが一望できる地上55mの展望台と9面全周映像は必見。 サン・プリンセス7階から撮影。 

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入港記念セレモニー 1。 港に設置された 「ねぶたの家」 からの出展。

 
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入港記念セレモニー 2。 笛や太鼓の歓迎。 

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入港記念セレモニー 3。 女性の叩く音色は迫力あるよ。 

★弘前市は毎年春になると頂上に雪をいただく「岩木山」を背景に桜の花が美しく有名です。  訪れた日はちょうど桜が満開でした。 弘前市は市役所の屋上を解放し観光客を自由に受け入れています。 青森から弘前まで往復し忙しい日でした。 往復JRで2時間ほどですが回数が1時間に一本という運行ダイヤなので、最終乗船16:00pmという制限で往復し 「ねぶたの家ワ・ラッセ」 を見る予定の行動は強行軍でした。

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その「岩木山」の正面に 「東奥日報」 の看板がドーンと立ち塞がっています。 市役所がせっかく屋上を開放し観光客を受け入れる努力をしているのに、ここは 「東奥日報側」 にも一工夫してほしいところ。 その方が東奥日報のイメージが上がるのではないか。

★岩木山は、標高1625mの二重式火山です。 山頂が三峰に分かれ、巌鬼山と鳥海山は外輪山の一部で、鐘状の中央火山丘が岩木山。 その形は見る方向によって異なり、自分たちの住む方角から見た山が一番というお国自慢が存在します。

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弘前公園の堀端を短時間散策しただけですが、東京近郊とは違う風情を感じた次第。 弘前公園の堀端の桜 1。

★ 弘前公園(国指定史跡・国指定重要文化財天守ほか)津軽統一を果たした津軽家初代藩主為信(ためのぶ)が慶長8(1603)に計画、2代信枚(のぶひら)が慶長16年(1611)に完成させた津軽氏の居城です。 広さ約49.2ha、東京ドーム10個分以上の敷地は、三重の濠と土塁に囲まれ、6つの郭で構成されています。  現在の天守は文化8年(1811)に再建されたもので、弘前城史料館として公開されています。 

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弘前公園の堀端の桜 2。

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弘前公園の堀端の桜 3。

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弘前公園の堀端の桜 4。

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by nobuyasu27 | 2013-06-04 10:00 | 青森編