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鏡花のみち

梅ノ橋。 浅野川にかかる木造の橋。 昭和53(1978)年復元された。 毎年6月の「百万石まつり」では、大勢の観光客がこの橋の上から灯籠流しを眺める。 西側には泉鏡花の出世作「義血侠血」の舞台にもなったところだ。 西側川沿いには 「鏡花のみち」 があり、作品にちなんだ滝の白糸碑やヒロイン滝の白糸をかたどった像がある。

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梅ノ橋東側。 

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木造の白木の橋は珍しい。

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瀧の白糸、秀麗の水芸人の像。

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瀧の白糸像、の説明。

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梅ノ橋の西側。 鏡花のみちの並び。

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泉鏡花記念館。 入り口。

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泉鏡花生誕の地の石碑。

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by nobuyasu27 | 2013-07-30 17:00 | 金沢編

ひがし茶屋街

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茶屋町独特の格子戸と二階の階高の高い建物 1。

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茶屋町独特の格子戸と二階の階高の高い建物 2。

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看板には「てぬぐい」とあるが箸などを売る小物屋さん。

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宇多須神社
本社は通称毘沙門さんと云う。 佐和田川(今の浅野川)の辺の小丘から出た古鏡の裏面に卯と辰との紋様があったので卯辰神とし、養老2年(今から1250年以上)多聞天社と称して創建された。 また藩祖前田利家公を卯辰八幡宮と称して祀ってあり代々藩主の祈祷所として崇敬篤かった。 明治に入り現在の尾山神社として創建され遷座された。 明治2年高皇産霊社と改め、同5年卯辰社と改称、33年10月2日現在の宇多須神社と改め、同35年県社に昇格された。 石川県庁資料から。

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七稲地蔵
米価が上がって生活に苦しんだ金沢の庶民が、「卯辰山」に夜中に大勢で登り。 城に向かって「ひだるいわい」と叫んで、苦境を訴えた。 「泣き一揆」事件の首謀者として処刑された七人を祀った地蔵と石碑。

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上の碑の説明文。

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おかちまち
「藩政時代、藩主を警護する歩(かち)が住んでいたので、この名がついた はじめ観音下御歩(徒)町などと呼ばれていた」 と書かれている。

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by nobuyasu27 | 2013-07-26 12:00 | 金沢編

箔座ひかり蔵

箔打ちの始まりについて
当地における箔打ちは、加賀藩祖・前田利家が文禄2年(1593)豊臣秀吉の朝鮮出兵に従って滞在していた肥前名護屋(現在の佐賀県)の陣中から、七尾で金箔を、金沢で銀箔を打つように命じたことから、16世紀末には行われていたことが明らかになっています。  金沢での箔打ちがいつから始まったのかは明確ではありませんが、この頃には既に製造されていたことがわかります。

社会の近代化は公害の発生と深い関わりを持ちます。  騒音規制法が昭和43年(1968)に施行され、金箔の製造に欠かせない箔打ち機の振動が法の対象となりました。  そこで昭和44年(1969)金沢市の郊外、福久に箔団地用の用地を買収して造成を開始。  昭和51年(1976)箔団地へ18工場30戸が移転します。

このような中、平成21年に「金沢金箔伝統技術保存会」が設立され、伝統的な製法で作られる縁付(えんづけ)金箔の技術を次の世代へ伝承する動きが興っています。  金箔は、製作用具が昭和46年国の重要民俗資料に指定、また昭和49年に伝統的工芸品産業の振興に関する法律(いわゆる「伝産法」)が施行されると、昭和52年に「金沢箔」として指定伝統的工芸材料となっています。  安江金箔工芸館の資料から。

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世界で初めての「純金プラチナ箔」を使用して、 箔本来の力と美しさを、今に生きる「箔品」としてカタチにしました。  純金プラチナ箔が映えるドットシリーズを中心に、さまざまな「箔品」を展開しています。  また、悠久の光を思わせる「黄金の蔵」は必見。  昼間は陽の光を受けて眩しいほどに輝き、陽が落ちると妖しい美しさを漂わせる、不思議な

魅力に満ちた蔵です。 純金プラチナ箔で仕上げた外壁の迫力ある美しさも圧巻です。 藍の土壁に純金箔24Kを使用して仕上げた内壁も必見。 国内のみならず海外にも活動の場を広げている。 左官技能士・挾土秀平氏によるアートな空間です。 別の場所に金箔の便座もあるそうです。

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純金プラチナ箔で仕上げた外壁。

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藍の土壁に純金箔24Kを使用して仕上げた内壁。

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by nobuyasu27 | 2013-07-22 14:00 | 金沢編

ひがし茶屋街

金沢市には三ヶ所の茶屋街があります。 「ひがし茶屋街・にし茶屋街・主計町茶屋街」 です。 ひがし茶屋街は三ヶ所の中でも最大規模を誇る茶屋街です。 現在でも8件の置き屋が営業しています。 芸者さんも20名ほど在籍。 町の中には笛や太古、三味線などの音が聞こえてくる光景が見受けられるのは、稀ではないそうです。

金沢の町づくりは、茶屋と呼ばれる遊郭を整備したのが茶屋街の始まりです。 「東廓」 などと呼ばれる歓楽街が生まれました。 文化人達の社交場にもなったそうです。 茶屋様式と言われる建物が軒を連る 「志摩」 や 「懐華樓」 などは江戸時代を伝えており文化財にも指定されています。 

サン・プリンセスの客船に 「にし茶屋街」 の芸者さんが訪れ。 停泊中の夜、劇場で踊りを披瀝してくれました。

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ひがしやまの由緒を説明する看板。

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重要伝統的建造物の一つ。

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国指定重要文化財「志摩」。

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茶屋「志摩」は見学した。 写真は志摩の入り口の土間。 内部の写真撮影は禁止、カメラは預かり。 志摩は文政3年に創立された格式の高いお茶屋の建物で、いく度か、のれんの変遷は記録されているが、典型的なお茶屋の造りをそのままに残している。 お茶屋は2階が客間で、町屋とは異なり押入れや間仕切壁などはなく、開放的であくまでも遊芸を主体とした優美で繊細な、粋なしつらいになっている。 お客が床に間を背にして座ると、その正面の控えの間が演劇の場となり、あでやかな舞や三弦などの遊芸が披露されるのである。

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昔ながらの店舗。

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東山地区の案内図。 点字でも案内している。

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東山茶屋街。

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by nobuyasu27 | 2013-07-18 10:00 | 金沢編

金沢JR駅東口

「まいどさん」とは金沢弁で、「こんにちは」や「こんばんは」など人の家を尋ねるときに戸口で言う挨拶の言葉です。 と言っても最近ではあまり日常に使っている人は見かけません。 ボランティアガイド 『まいどさん』 の登場で、市民にも改めて親しみのある言葉となっています。 1994年から活動を始めて、2013年の現在  『まいどさん』 は約300人ほどの登録があるそうです。 実際は150人ほどの人が活躍しているという話です。 われわれも半日の観光をお願いしました。 巡回航路は次回。

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「鼓門」2005年3月20日、北陸新幹線(2015年完成予定)の延伸を見越した駅周辺整備事業の進捗によって、東口正面には巨大な総ガラス製ドーム「もてなしドーム」と木製の「鼓門」が完成した。 その北側にバスターミナル、南側にタクシー乗り場が分離整備されている。 伝統芸能に使われる「鼓をイメージ」した、螺旋状にねじれながら建つ柱の木製の鼓をイメージした門です。  高さ:13.7m。 天幅:24.2m 。   

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鼓門とは反対側道路に面した噴水。 藩政時代から金沢の街なかを流れてきた辰巳用水を取り込んでいる。

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噴水の由来。

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もてなしドームの説明。

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by nobuyasu27 | 2013-07-14 10:00 | 金沢編

金沢到着

金沢到着-2013年5月12日日曜日
朝早く日本海域に入りました。  午前4時45分に水先案内人が乗船し、南のコースへ接岸の体勢に入り、水路を通り停泊地に向かいました。  サン・プリンセスは金沢に一晩停泊します。  この情報は客船の航海記録日誌をコピーしたものです。

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金沢港停泊中のサン・プリンセス号。

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加賀友禅関係者の集合写真。 この後、船内で石川県部長クラス及び加賀友禅の関係者と船長との歓迎会が船内で行われました。  サン・プリンセスは金沢港に初寄港です。  このイベントには乗船客の中ではわれわれ夫婦2人だけの参加でした。  このイベントは予定した時間を大幅に遅れ乗船客は観光に出発した後に行われました。 われわれ夫婦は、地元ボランテア・ガイド(まいどさん)を依頼し午後の観光予定だったので、船内に待機していたのです。 そんな憮然で、このイベントに参加できた次第です。

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石川県側の挨拶。 官僚の天下りだと思う。 しかし、上がっちゃって言語不明の状態。 欧米人の前では、こんなものかと思った次第。

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報道関係も多数。 翌日の地元新聞には大々的に報道されました。

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左ホテルジェネラルマネジャー・中央船長・右カスタマーサービスディレクター。

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ミス加賀友禅による花束贈呈。 3人ミスとは???。

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船長とに記念撮影。

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by nobuyasu27 | 2013-07-10 17:30 | 金沢編

終日航海日

午後5時57分釜山より出港。 午後6時24分水路と防波堤を過ぎた後。 金沢に向け北東にコースを定めました。  洋上-2013年5月11日。 午前中にかけて昨夜定めた北東のコースを進みました。 正午に隠岐諸島を右手に通り過ぎ、コースを東に定め日本海を通りました。

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サン・プリンセス客船の外観 1。

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サン・プリンセス客船の外観 2。

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サン・プリンセス客船の外観 3。

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サン・プリンセス客船の外観 4。

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アトリウムプラザ5階中央催し。

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アートギャラリーの絵画 7階 1。

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アートギャラリーの絵画7階 2。

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アートギャラリーの絵画7階 3。

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アートギャラリーの絵画7階 4。

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by nobuyasu27 | 2013-07-06 16:30 | 終日航海

釜山港送迎

釜山出港風景。
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釜山ヨンドクルーズターミナルの観光案内所。  韓国の外国語大学の学生がボランテアで活躍しているようです。

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送迎風景 1。

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送迎風景 2。

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送迎風景 3。

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送迎風景 4。

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送迎風景 5。

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送迎風景 6。

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送迎風景 7。 「See you again」 と、見送る釜山の外国語大学の学生。

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送迎風景 8。 客船は港を離れた。 いつまでも見送る、釜山港の風景。

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by nobuyasu27 | 2013-07-02 09:00 | 釜山編